2020.09.29

【コラム】ロシア語講師の教える
『ロシアに関係するお仕事紹介』第5回『辞書編纂』

Columnist

福田知代

東京外国語大学を卒業後、フリーランスとして、ロシア語講師、通訳、翻訳家、YouTuberなど多彩な顔を持ち、今まで経験したロシア関連の仕事は10種類以上。都内で、誰でも気軽に参加できるロシア語教室「セラピオンロシア語学習会」を主宰している。

東京都内でロシア語講師や通訳・翻訳などのほか、YouTuberとしても活動されている福田知代さん『ロシアに関係するお仕事紹介』第5回です。



前回までの連載記事はこちらから
(以下、福田さんのコラムです)




「日ロドライブ」の読者のみなさん、こんにちは。福田知代です。
連載も、今回で五回目となりました。

このシリーズでは、ロシア語を活かすことのできるお仕事のうち、わたしがフリーランスとしてこれまで経験してきた仕事や立場について、順番にお話ししています。
これまでに、①翻訳のお仕事②映像翻訳のお仕事③ロシア語を教えるお仕事についてお話してきました。
第四回目では、高校でロシア語を教えている立場として、これまで行ってきたさまざまな国際交流プログラムについてお話ししています。
ご興味のある方は、どうぞそちらもご覧になってみてくださいね。


さて、今回は、出版社での辞書編纂のお仕事についてお話ししてみたいと思います。
ロシア語の辞書は、英語やそのほかの外国語に比べて、あまり種類が豊富であるとは言えません。
語彙数が少なめの入門・初級者向けの辞書からロシア語を専門とする上級者向けの辞書まで、現在日本で出回っているものは、10種類にも満たず、そのほとんどは2000年以前に出版されたものです。

以前、ロシア語の辞書に関するYouTubeの動画を作成したことがありました。
語彙数やそれぞれの辞書の特色、文字の大きさなど、ご購入の際のご参考にしてみてくださいね。→「YouTubeでロシア語」


わたしは大学院修了後、就職せずにすぐにフリーランスとなりました。
学生時代から続けている翻訳・映像翻訳のお仕事や、ロシア語教室、簡単な通訳、そして大学院修了後に始めた高校でのロシア語の非常勤講師など、何足ものわらじを履いてスタートしたわたしの社会人生活ですが、どこかに所属していない身であるからこそ、単発のお仕事や期間限定のプロジェクトにたくさんお声かけいただいて、さまざまな立場を経験することができています。

今回お話しする出版社での辞書編纂のお仕事も、そのような期間限定の大プロジェクトでした。
小学館でロシア語の辞書編纂のプロジェクトが進行中で、ぜひ編集・校正の手伝いをしてくれないか、というお声をかけていただいたのが、2012年の年明けくらいだったでしょうか。

ちょうど、何足ものわらじを履きこなすことにも慣れ、毎日違う立場のお仕事をしても、頭が混乱することもなく全然大丈夫、なんなら、もうちょっとわらじが増えてもいけそうかも、という、元気いっぱいの時期でした(今振り返ってみますと、2012年~2014年が一番わらじの数が多かったです)。

小学館の受付で入館のための書類に記入し、入館証をもらって、少し周りをキョロキョロしながらお目当ての編集部に行くのは、非常にわくわくする経験でした。
わたしは普段、学校やそのほかのお仕事もあったので、小学館に出社して編集・校正のお手伝いができるのは、主に、春・夏・冬休みの長期休暇期間だけでした。

お仕事の内容に関しては、ここでは便宜的に、「第一期」「第二期」というふうに分けてお話ししてみたいと思います。

第一期のお仕事はというと、まずは、大学の先生たちが分担して書いてくださった原稿に、俗語や新語を追加して、既存の露和辞典にはない語彙を加えていくという作業です。
「ことば」は生きていますので、時代とともに新しい単語が生まれたり、新しい意味で使われるようになったりもします。
そういった、現代の学習者にとって必要な語彙を収録して、アップデートした辞書にしていく作業を行いました。
そのあとは、露和と和露の単語の項目に関して、「A」の束、「Б」の束……というように、見出しの文字ごとにプリントアウトされた紙の束を、保管してあるところから持ってきて、目を皿のようにして記載に間違いがないかをチェックし、赤を入れていく作業です。
これが非常に集中力と根気を要する作業で、見落としのないように注意をしながら、誤字・脱字がないか、見出し語の順序に間違いはないか、発音に関する情報に間違いはないか、変化表との対応は正確か……などを、入念にチェックします。
昼食後は、眠たくなってしまい、同じページを何度も始めから見返すなどいうこともありました。

一通りチェックが終わると、編集長がパソコン上でデータを修正し、また見出し文字ごとにプリントアウトしてくれるので、正しく修正されたか、前回の校正で見落としてしまっていたものはなかったかを再びチェックする……という作業を何度か繰り返すのです。

そして、そんな作業を繰り返した結果、いつの間にか完成していたのが、こちらの小学館プログレッシブロシア語辞典。
見本が出来上がったよ、と編集長からプレゼントしてもらったのが、2014年のクリスマス前後でした。

https://www.shogakukan.co.jp/books/09510271


この、紙の辞書を編纂する作業が、「第一期」のお仕事です。紙の辞書が発売されたあとも、プロジェクトは続きます。
プログレッシブロシア語辞典は、電子版としてアプリも発売することになっていたので、今度はアプリ用のデータを校正することになりました。
これが「第二期」のお仕事です。

もうすでに辞書のデータは完成しているので、あとはそれぞれの単語の変化表(名詞、形容詞、数詞、人称代名詞、所有代名詞……などの格変化。それから、動詞にいたっては、現在形、過去形、未来形、命令形、副動詞と、形動詞の格変化すべて!)をチェックするという作業を行いました。
そう、プログレッシブロシア語辞典の電子版は、主要な単語の変化表の一覧を、ワンタッチで開くことができるのです!なんて便利!

第二期は、小学館には出社せず、在宅で、ふだんのいろいろなお仕事の合間に校正作業を行うというスタイルを取りました。編集長がわたしの自宅に、見出し文字ごとにプリントアウトした紙の束を、ヤマト便で次々と送ってきてくれるので、わたしはまた集中力と根気を発揮して赤を入れ、校正が済んだ分を封筒にぱんぱんに入れてヤマト便で送り返す、という流れです。

在宅で校正作業……荷物を持ってきてくれたヤマトさんに、その場で送り返す分を託す……なんて素敵なワークスタイルだろうと感じました。フリーランスの究極の形です。
さらに、プログレッシブロシア語辞典の電子版には、主要見出し語にネイティブの発音も収録されています。膨大な数の音声データと実際の単語との紐づけがずれてしまっていないかを、Excelの表と照らし合わせながら確認する作業もありました。


今だからお話ししますが、2016年の三月末から四月頭にかけて、ちょうど音声データのチェック作業が来たタイミングに、わたしは日露青年交流センターの高校生派遣の引率で、サンクトペテルブルグに一週間出張することになっていました。
締め切りまであまり猶予がなかったので、勝手に卒業生のうちの一番弟子にアルバイトを依頼して作業を任せ、その間、わたしはペテルブルグでの高校生交流を盛り上げました。
卒業生も、正確にチェックをしてくれ、初めてのロシア語でのアルバイトを楽しんでくれたようでした。そんないろいろな工程を経て、2016年に、プログレッシブロシア語辞典の電子版がリリースされました。(https://www.monokakido.jp/ja/old_product/foreign/prj/ 

プログレッシブロシア語辞典には、紙の辞書にも、アプリにも、わたしの名前が載っています。
ご購入された際には、ぜひ探してみてくださいね!


最後に、いつものように、辞書編纂に携わるための方法をまとめてみようと思いますが……
そもそも、ロシア語の辞書はそう頻繁に出版されているわけではなく、どこかの出版社が思い切ってロシア語の辞書を作ろうと動き出すのは、10年とか20年に一度あるかないかという世界です。
もしそんな千載一遇のチャンスがやってきて、声をかけてもらうことができたなら、それは本当に運のいいことです。
お話ししてきましたように、校正作業を行うには、誤りを見つける最後の砦になれるだけの、高度なロシア語の知識が必要不可欠です。
あとは、集中力と根気。これに尽きるでしょう。



以上、今回はわたしのお仕事のうち、辞書編纂のお仕事について書いてみました。いかがでしたでしょうか。
次回もどうぞお楽しみに。




(文/福田知代/ロシア語講師、翻訳家、通訳、YouTuber)


福田知代さんの運営されているロシア語教室「セラピオンロシア語学習会」についての情報はこちら

HP:http://serapion2008.web.fc2.com/

福田知代さんのYouTubeチャンネル「YouTubeでロシア語」はこちら

https://www.youtube.com/channel/UC77TaAKL6jHRMpU_-AGtnPQ

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