2020.10.03

【対談企画】モロゾフ・デニスさん(ロシア人ガイド)×中川亜紀さん(日露文化オーガナイザー)
「これからの日本のインバウンド」(後編)

(写真:向かって左側:中川亜紀さん、右側:モロゾフ・デニスさん)

 

日本・ロシアに縁をもつ「人」にスポットを当て、その「人」を紹介、そし て「人」を通じて、ロシアの魅力や日本とロシアの関わりなどを、車でドライブするような冒険心を持って発信していく「日ロドライブ」

 

数々のロシアの著名人を日本に案内し、満足度の高い旅行を提供してきた
ロシア人スーパーガイド・モロゾフ・デニスさん
ロシア料理研究家で「日ロドライブ」でも毎月コラムを執筆していただいている
日露文化オーガナイザー・中川亜紀さんによる
「これからの日本のインバウンド」をテーマにした対談企画の後編です。

(※前編およびお二人のプロフィールなどについてはこちらから)

【対談企画】モロゾフ・デニスさん(ロシア人ガイド)×中川亜紀さん(日露文化オーガナイザー)「これからの日本のインバウンド」(前編)

(以下、お二人の対談です)


目次

日本のインバウンドを手がけるロシア人から見た“現在・未来の日本のインバウンド”

中川:デニスさんは日本の観光地をポテンシャルが高いと言ってくださったり、日本人とロシア人の国民性はとてもよく合うと思ってくださっているわけなんですが、日本のインバウンドの現状を見て、「惜しいな」、「足りないな」と感じるところや「こうすればもっとロシア人に関心を持ってもらえるのにな」と思うところはありますか?

デニス:そうですね〜。これはロシア人に限らずなんですが、海外からの観光客というのはいわゆる、「ありきたりな観光地」にしか行きませんよね。
ただ、これが日本のポテンシャルにも繋がっていると思うのですが、「ありきたりでない観光地」であっても、一度そこを訪れた人に、「もっとその観光地を深掘りしたい」と思わせるような魅力がある地域がとても多いです。
「『ありきたりな観光地』には、すでに行ったことがあるロシア人の訪日リピーター」は、これから先、どんどん増えていくと思います。
なので、そうした「ありきたりでない観光地」、もっと言えば、いわゆる、「日本の田舎」みたいな地域を堪能してもらいたいというのが、一つの思いとしてあるんですよ。

そうなると、そうした地域における文化の魅力をどう紹介・発信していくのか、また、日本らしさを求める観光客に対して、地元の特産品などの資源をどのように組み合わせて提供していくかが課題になってきますよね。
ホテルだけ高級というのも問題がありますし、逆に、いかに観光資源がたくさんあっても、快適な宿泊施設がなければ、お客さんは来ません。
そうした部分が両立することもとても重要だと思います。

 

 

瀬戸内地域のインバウンドの魅力について

中川:先ほどの話に戻るんですが、ぜひ、私の故郷・岡山県、そして瀬戸内地域についてもデニスさんの忌憚のない意見をお聞きしたいです(笑)

デニス:わかりました。
あくまでも、私個人の視点なんですが、岡山県に来る外国人観光客は、岡山城や後楽園、県を跨ぎますが、直島などの島に行く人たちがほとんどで、パッケージ化された有名な観光地に行って、それで終わり–という人がほとんどだと思います。
けれど、岡山県内には、簡単に調べるだけでも、ロシア人が興味を持ちそうな、魅力的な観光資源のある地域が他にもたくさんあります。
亜紀さんもご存知だと思うんですが、刀剣が有名な瀬戸内市長船といった地域や、そこから少し足を伸ばしてすぐのところにある日本のエーゲ海・牛窓などもその一つです。
長船から牛窓を観光して、そのまま瀬戸内海を渡り、香川県に行って、丸亀市やこんぴらさんを巡り、その後、直島に行くといった観光ルートも良いかもしれません。

ロシアには黄金の環(ゴールデンリング)という有名な観光ルートがありますよね?
岡山・香川で、その黄金の環のような観光ルートを作るのも面白いと思います。上手くルートを組めば、とても面白い観光ルートができると思いますよ。
このような観光ルートをしっかりと策定し、上手に宣伝していけば、すごく魅力的な観光商品になると思います。
ただ、残念ながら、企画力も含め、宣伝力がもう少し足りていないというのが現状というところでしょうか。

中川:たしかに私もそう思います。
デニスさんがおっしゃったように、これから岡山県や香川県に来るロシア人は、日本国内の有名な観光地は行き尽くし、ちょっとニッチな観光地を求める訪日リピーターの方が多くなる可能性が高いわけですよね。
すると、そうした「日本をもっと深く知りたい」ロシア人訪日リピーターの方たちの、どういった興味や関心、視点を刺激するような観光が求められるんでしょうか?ぜひ、具体的な案なども含めて教えていただきたいです。

デニス:そうですね、東京や京都といった観光客がたくさん来てくれる観光地と瀬戸内地域のような観光地が一線を画すためには、「VIP・富裕層向けの観光地」として、地域の観光を売り出していくというのも、ポテンシャルを生かす一つの手だと思います。
日本国内の有名観光地を全て行き尽くしたお金持ちの観光客が、「次にどこに行こうか」と考えたときの選択肢になる–というのがその狙いです。高級志向の観光地として売り出していくと、たしかに観光客の絶対数は減りますが、ロシア人の富裕層は羽振りが良いので、地元に落ちるお金は桁違いになります。
ロシア人は「特別感」が好きな人が非常に多く、その「特別感」を感じるためなら、お金を惜しまないVIPの方も多いです。
なので、何百年も前から続いている文化財の制作の現場に直接立ち会ったり、実際に制作なども体験できれば、「特別感」を感じるという意味で、それはロシア人にとって非常に大きな喜びになりますし、お金に糸目をつけないという方も多いと思います。
そういった意味でも、岡山の備前焼や長船の刀剣などの芸術品は高いポテンシャルを秘めていると思いますし、あまりロシア人の間で知られていないという意味でもアピールしていくチャンスです。
また、岡山県には、くじら島という無人島があるんですが、最近、1日1組限定で、島を丸ごと貸し切ってキャンプやグランピングを楽しめるプランができたんですよ。
ロシア人は海が大好きですし、これはVIPの方たちのような富裕層が、とても興味を持ってくれるプランだと思います。

中川:なるほど〜。たしかにロシア人のVIPの方々というのは、良いものに対して、お金を惜しまず、どんどんお金を使うイメージがあります。それに芸術的な感性もすごく高いですよね。
最近、岡山では、島でキャンプをしながら、ヨガのようなアクティビティを楽しむといった、私が岡山に住んでいたころにはなかったようなレジャーが増えてきているみたいですね。
自然の中でアクティビティを楽しむというのはロシア人の方々もとても好きそうだと感じます。

デニス:はい、大好きだと思います。
岡山県や香川県では、そのように島でレジャーを楽しむことができるのはもちろん、直島などに行けば、日本にいながら、世界中の現代アートを身近に感じることができるのも魅力ですよね。
島に行けば、アートやレジャーなどで、普段体験できないような非日常を感じることができて、本土に戻れば、備前焼や刀剣、フルーツなどの魅力もたくさんある。
様々な角度から楽しむことができる地域だと思います。

中川:そういえば、瀬戸内地域では目玉のアート観光として、瀬戸内国際芸術祭(※)がありますよね。
この瀬戸内国際芸術祭は3年に一度開催されているんですが、その舞台となる島々の一つである直島が、現代アートに彩られた島になった当初、一番多くインバウンドで来島したのは、フランス人だったそうなんです。
フランスは世界的に見ても、アートが大好きなお国柄だと思うんですが、そんなフランス人に負けず劣らず、ロシア人もアートに関心の高い国民性ですよね?
瀬戸内海の島々を舞台に開催される現代アートの国際芸術祭)

デニス:そうですね、ロシア人もアートへの造詣はとても深いです。ただ、直島がロシアで知られるようになってきたのは、ここ1、2年くらいなんですよ。
直島へのファムトリップを地道に行ったり、雑誌記者、マスコミ関係者などを連れて行って、実際に現地を見てもらい、魅力をアピールするなどしたことで、徐々にロシア国内での知名度も上がっていった次第です。
そうして、私が直島に連れて行った方々の中には、直島を高く評価してくださった方もいれば、「そうでもない」といった低い評価をされる方もいらっしゃいました。

ただ、直島に関して言えば、そのように評価が分かれるのは、私個人としてはとても良いことだと思っています。
著名な博物館や美術館のように、「世間一般で評価されている美術品が集まっていて、一般的な『評価の高さ/良さ』が前提にある」とされる場所と違って、直島は、「そこにある展示品をそれぞれの人たちの感性による自由な発想で、自由な『評価』を求める」場所です。
そこが直島の良いところだと思っていて、私が他人に魅力を伝える際もそのように説明していますし、そうした点はロシア人にとても受けがいいんです。

展示物だけでなく、島の風景そのものが魅力の一部になっていることも興味深いですね。
私が直島に連れて行ったロシア人のうち、展示されているアートを見て、最初は首を傾げていらっしゃった方でも、その後、島の風景などを観光し、いざ帰国する頃に、日本の観光地でどこが一番よかったか尋ねると、「直島観光が一番良かった」と答えたりするんです。
その場では評価しきれなかったものが、島の風景と溶け合って、素晴らしい思い出に変わっていくというような、不思議な魅力が直島にはあると思っています。

中川:それは面白いですね。私自身、最近になってから、しみじみと瀬戸内海の風景を思い出して、その良さを感じるようになりました(笑)

デニス:それは亜紀さんが大人になったということだと思いますよ(笑)
若い人たちは、直島のような島に住んでいると、「早く出て行きたい」と思うかもしれませんが、大人たちの中には、ああした「小さな故郷」感のある原風景を見たいという方が多いと思うんですよね。
瀬戸内海の島々は、岡山県、香川県の大きな魅力の一つになっていて、これに関しては、特段手を加えなくとも、人さえ連れて行けば、皆さん感動してくれる場所になっていると思います。

 

 

瀬戸内地域のインバウンドが抱える課題“ポストコロナに向けたソリューション”

中川:現状、新型コロナウイルスの影響でインバウンドはストップしているに等しい状況ですよね。
改めてお話してもらうことになる部分もあると思うんですが、ポストコロナにおいて、瀬戸内地域がインバウンドの分野でスタートダッシュを切るために解決すべき課題はなんだと思いますか?

デニス:旅行会社の人間として、瀬戸内地域のインバウンドにおける一番の課題だと感じるのは宿泊施設の不足ですね。特に高級宿泊施設です。
例えば、直島ですと、ベネッセさんの経営されているホテルのほかは、ほとんどが民泊のような宿泊施設しかありません。
岡山県内、香川県内でも、それほど多くの高級ホテルがあるわけではありませんし、岡山市内で一番高級なホテルである「ホテルグランヴィア岡山」といえども、辛口になってしまいますが、四つ星クラスのホテルです。グランヴィアは岡山県民の方々にとっては五つ星ホテルかもしれませんが、VIPの方々にとっては、快適ではあるものの、ものすごく快適というわけではなく、少し物足りなさを感じてしまうんですよね。

中川:たしかに、瀬戸内地域には高級ホテルがほとんどないですよね。

デニス:そうなんです。
また、もう一つ挙げるとすれば、宣伝力も課題だと思います。
瀬戸内地域は、有名な観光地を除いて、ロシアへの情報発信はほとんどありませんからね。これをどのように宣伝し、アピールしていくかも課題だと思います。
例えば、宣伝の手段として、ロシア向けの観光PR動画の作成やYouTubeなどを利用した情報発信、ロシアのインフルエンサーを活用したファムトリップなどが挙げられると思いますが、こうした何か具体的な宣伝手段を用いないかぎり、ロシアにおける知名度は向上しないのではないかと思いますね。
観光に来ていただくためには、まずは広く知られる必要がありますから。

一般的に、人は他人の行ったところに行きたがる傾向がありますが、ロシア人もその例に漏れません。
なので、ロシアのインフルエンサーなどを活用したファムトリップを行い、ロシア語でロシア人に伝わりやすい言葉で、そのインフルエンサーに観光地を宣伝してもらうことができれば、それはロシアにおいて、かなり効果的な宣伝手段になると思います。

中川:たしかに、日本観光をアテンドしたロシア人の方から「〇〇さんも××に行ったんですよね?」といったことを聞かれることは多いです。
有名人の行った場所に自分も行って、彼らの経験したものと同じレベルのものを堪能したいという人も多い印象ですね。

デニス:「私は〇〇に行ったけど、あなたはまだ行ってないの?」といった、口コミのやりとりもよくありますよね。

中川:そうですよね。ロシアでも口コミの力は絶大だと思います。
デニスさんはまさしくそのあたりをよく分かっていらっしゃいますよね。
デニスさんが日本でアテンドされたVIPや有名人の方は、みなさんとても満足して帰国されますよね。そうすると、「VIPや有名人の方に、それほど満足のいく日本旅行を提供するガイドとは何者だろう」という噂がロシア人界隈で広まる―
デニスさんを日本旅行のガイドとして指名する人が後を絶たないのは、これが理由だと思います。
VIPや有名人の方が満足したような旅行を色々な人に体験したいと思わせることで、インバウンドが増えていくという好循環を生みだしていますよね。

デニス:いえいえ、ありがとうございます。

中川:なので、ロシア人の方からすると、デニスさんクラスのガイドを雇うことができれば、正直、何も下調べをしていかなくても、とても満足のいく日本旅行を楽しめると思います。日本を堪能して帰れると思いますね。
ただ同時に、決して安くはないので、誰もがデニスさんクラスのガイドを雇うというのも無理な話だと思うんです。
そうなってくると、自分で下調べをある程度して、観光地の情報を入手する必要がある旅行者もたくさんいるわけですが、先ほどお話ししたとおり、瀬戸内地域は現状、ロシア向けの宣伝力が不足しているので、入手できる情報が限られてます。せっかくロシア人が喜んでくれそうなコンテンツがたくさんあるにも関わらずです。
そうした意味でも宣伝力の必要性を痛感しますね。

デニス:そうですね、ロシアでも、特に最近の若者は行動力があるので、旅行会社などを通さずに、日本旅行する人も増えていますからね。
そうした自由気ままな旅行者に対して、例えば「日本で何を体験するのがよいのか」、「どこでインスタグラム映えするような写真を撮れるのか」といったことを知ってもらうためにも、どんどん情報を発信して、ロシア語のウェブサイトを始めとするメディアへの掲載などを行っていくことは大事だと思います。
そのようにしてロシアの若者に、若いうちから日本に親しんでもらうことができれば、将来へのより良い展望に繋がると思いますしね。

中川:「インスタ映え」はロシアでもすごく重要視されてますよね!
地元の日本人の目線とロシア人の目線というのは、もちろん違うと思うので、瀬戸内地域における「将来的な観光の増加に繋がりそうな、インスタ映えする場所」というのを、国際的な感覚を持ったデニスさんの目線からぜひ教えていただきたいですね。
そうして見えてくる、ポテンシャルのある地域や場所をどんどん開発することを、地元の人たちには期待したいです。
そのためにも、ぜひデニスさんには、一度瀬戸内地域全体をそういった目線で旅してもらいたいと思っていて、これは私の目標の一つでもあります(笑)

デニス:まだまだ探検したいところがたくさんありますからね(笑)ぜひ行きたいです。

中川:対談の締めくくりのような形になってしまうんですが、ポストコロナで、これから瀬戸内地域がインバウンドの分野で伸びていくためには、やはりお話ししたようなコンテンツなどを利用した情報発信が重要になってきそうですね。

デニス:そうですね。さらにその下準備として、宿泊施設の充実などもどんどん進めていく必要があると思います。

中川:ですね。宿泊施設の充実などを含め、観光地としてのコンテンツを充実させた上で、情報を発信していく。この両輪がうまく機能すれば、今後、瀬戸内地域を訪れたロシア人がSNSや口コミ等で魅力を発信し、またそれを見た人、聞いた人が観光に訪れる–といった好循環にも繋がって行きそうですね。
今日はありがとうございました。ぜひ今後も、今回デニスさんと対談したような内容について話し合いを続けていければと思っています。
どうぞ瀬戸内地域をよろしくお願いします。

デニス:瀬戸内地域には、日本の黄金の環を作れるだけのポテンシャルが間違いなくあります!
こちらこそよろしくお願いします。ありがとうございました。

 

 

(構成/日ロドライブ編集部)

一覧に戻る