ロシア外務省を発起人とする雑誌、「考える人のための外交雑誌『国際生活』日本語版」の編集長である安本浩祥さんによる連載コラム「外交雑誌編集長の『ちょっとうがった世界の見方』」。
ロシア及びヨーロッパ・アジア各国との民間外交に貢献することを目的とする「(一社)欧亜創生会議」の理事長でもあり、過去には、ロシア国営放送「ロシアの声」のアナウンサーをしていた経歴も持つ安本さん。
本コラムでは、そんな安本さんならではの独自の鋭い視点が光ります。
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このたび、9月2日~4日にウラジオストクで開催された東方経済フォーラムに参加した後、仕事で13日までモスクワに滞在した。
コロナの影響で外国からの参加者が減ったとはいえ、ウラジオストクーモスクワ便は混んでいて、LCCであるノースウィンド航空でも片道10万円を超えていた。
さて、今回のコラムは、モスクワからの帰りの飛行機で手に取った『コムソモーリスカヤ・プラヴダ』紙から、ワレンチン・アルフィモフ記者の解説を紹介する。
この記事は、ロシアからウクライナを経由せずに直接ヨーロッパまでガスを輸出するパイプラン「ノルドストリーム2」について、大変分かりやすくまとめている。
「ノルドストリーム2」は、9月6日、無事に最後のパイプが運び込まれ、あとは完成を待つばかりだということで、今年中の稼働を目指している。
この記事のなかでは、このパイプラインについての5つの「なぜ?」に答える形で、ロシアからのガス輸出をとりまく問題を説明している。
なぜこれだけ完成が遅れたのか?
「ノルドストリーム2」の完成は、そもそも2019年の予定であったが、あと100キロメートルの時点で、アメリカが当時の建設業者であるスイスのAllseas、そして保険会社など、すべての関係企業に制裁を導入した。
つまり、建設作業は93.5%の進捗のままストップした。
なぜアメリカは最後まで完成を許さなかったのか?
アメリカは自国の液化天然ガス(LNG)をヨーロッパに輸出しているが、ロシアからパイプラインで輸送するガスのほうが安価である。
そのため、今後は、政治力を駆使して、アメリカのLNGを買うように、ヨーロッパに対して働きかけを行う必要がある。
なぜウクライナはこれほどまで「ノルドストリーム2」を恐れるのか?
現在、ロシアは主にウクライナを経由してガスをヨーロッパに輸出しており、ウクライナは年間30億ドルを得ている。
しかし、この契約は2024年12月31日に終了する予定。
ウクライナのゼレンスキー大統領は、アメリカの上院議員らとの会合のなかで警鐘を鳴らしている。「ノルドストリーム2」によって、ウクライナは年間の軍事予算分の金額を失うことになるというのだ。またこの20年間というもの、ロシアとの関係のなかでウクライナは常にガス輸送を駆け引きの材料として使ってきた。
なぜドイツは「ノルドストリーム2」を擁護するのか?
ロシア政府付属金融大学の教授で、国家エネルギー安全保障基金代表のコンスタンチン・シーモノフ氏は、「ドイツはこれにより、最も合理的な方法で、最も安価なガスを手に入れることができる」と指摘する。
ヨーロッパにおけるガス需要は今後も伸びる予測で、例えば、イタリアなどの国が、ドイツ経由でのガスの買手になることも考えられる。
つまり、ドイツは経済的理由のみならず、政治的影響力をも手にすることができる。
なぜロシアにとって「ノルドストリーム2」が重要なのか?
ウクライナ経由のルートに比べて、このルートは1900キロメートルの短縮になり、ヤマル半島からドイツまでの最短ルートになるという。
つまり輸送コストの低減になる。さらにウクライナにまつわる政治的リスクも過去のものとなる。
さらに、ウクライナを経由する古いパイプラインよりも環境優しいものとなり、これもヨーロッパにとっては重要な要素となる。
以上、この記事では、「ノルドストリーム2」に関して、分かりやすく、簡潔にまとめられている。
欧州情勢は複雑怪奇なり
最近、アメリカとイギリス、オーストラリアのAUKUSと呼ばれる安全保障関係が明らかとなり、そもそもフランスがオーストラリアと契約するはずであった潜水艦建造契約もおじゃんになったのであるが、フランスはアングロサクソン陣営に対して、怒りを隠していない。
ブレグジットをきっかけにひびが入った欧州協調体制に、今回のAUKUSがさらにダメージを与えるとするならば、あたかも、2003年の英米によるイラク侵攻の際、ロシアのプーチン大統領、フランスのシラク大統領、ドイツのシュレーダー首相が一致して、国連中心の問題解決を主張した構図を思い出させる。
ロシアは一貫して、欧州協調体制の切り崩しを狙い、特に、アングロサクソン陣営との利害の違いを打ち出すことで、ドイツ、フランスが、自らの国益に基づいて行動することを促してきた。
ウクライナ問題はいうまでもなく、ポーランドやバルト諸国におけるナショナリズム=反ロシア感情も、ロシアにとっては邪魔な存在であり、これがEUとしての統一の立場に吸収されるよりもむしろ、ドイツやフランスとの直接の二国間交渉を歓迎するのは当然だろう。
ましてやイギリスがこのたび、欧州協調を離れ、アングロサクソン陣営としての立場を明確に示したことは、ロシアがいままで主張していた「国益外交」の正当性を高めることになると思われる。
「ノルドストリーム2」でドイツとの関係を一層深めることになるロシアを前に、EUの経済的エンジンともいえるドイツはどのようなかじ取りを進めるのか。アジア太平洋地域にも少なからず利害を有するフランスが、NATOとの関係をどう見直していくのか、まさに欧州情勢は複雑怪奇なり。
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※筆者の主張は個人の見解であり、「国際生活」および「日ロドライブ」の編集部の見方と必ずしも合致するものではありません。
(文/安本浩祥/「考える人のための外交雑誌『国際生活』日本語版」編集長、「(一社)欧亜創生会議」理事長)
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