2021.07.22

日本語母語話者もわからない?!漢検一級を持つ香川県在住ロシア人ウスコフ・エフゲニさんインタビュー
「日本語の響きが好きなんです」

Today's Guest

ウスコフ・エフゲニさん

ロシア・トムスク出身。トムスク国立教育大学に在学、同大大学院へ進学後、広島大学大学院へ留学。現在は香川県在住。漢字能力検定一級及び日本語能力検定一級所持者。日本のアニメが大好き。

日本・ロシアに縁をもつ「人」にスポットを当て、その「人」を紹介、そして「人」を通じて、ロシアの魅力や 日本とロシアの関わりなどを、車でドライブするような冒険心を持って発信していく「日ロドライブ」

 

第25回のゲストは、香川県在住で、日本漢字能力検定(漢検)一級の資格を持つロシア人、ウスコフ・エフゲニさんです。

 

ウスコフさんはロシア・トムスク出身で、トムスク国立教育大学に在学、同大大学院へ進学後、広島大学大学院へ留学した経験をお持ちの方です。

大学時代に日本語に惹かれ、ついには漢検一級を取得するまでに至ったウスコフさん。
そんなウスコフさんに、生まれ故郷であるトムスクについてや日本に関心を持つようになったきっかけ、大好きだという日本のアニメについてなどお聞きしてきました。

生まれ故郷・トムスクについて

--今日はよろしくお願いします!まず最初に、自己紹介も兼ねて、ウスコフさんの出身地についてお聞きしてもよろしいでしょうか?

ボクの出身は、広大なロシアの中でも、ほぼ真ん中に位置するトムスクという町です。
400年以上前に作られた、わりと小さめの町で、シベリア最古の町の一つです。

トムスクの特徴的なエピソードの一つに、19世紀末にヨーロッパから太平洋まで続くシベリア鉄道が作られた際、そのルートから外されたというものがあります。周辺の都市に比べ、比較的大きい都市であったにも関わらずです。

シベリア鉄道を敷設するにあたって、役人がロシア地図に定規を当てた際、たまたま指が当たって、ルートが南にずれたからだという話もあるんだとか(笑)

ただ、幸か不幸か、そのおかげでトムスクは大規模な産業化を免れて、今では「学問の都市」として栄えることになりました。
「シベリアのアテネ」とも呼ばれていて、州都内には、5つの大学がありますし、50万人以上の人口の約半分は学生や教師を含む学校関係者だと言われています。

幼少期は、家庭の事情で、オホーツク海近辺のマガダン州の中でも山の方に位置する村や旧ソ連時代のカザフスタンなどでも生活しました。

学校に通うようになってからは、ずっとトムスクで生活していました。

 

生徒募集の貼り紙を見て、始めた日本語学習

--ありがとうございます!州都の半分を学校関係者が占めるというのは、まさに「学問の町」の名に相応しい都市ですね〜!そんなトムスクで学生時代を過ごしたウスコフさんが日本に関心を持ったきっかけは何だったんでしょうか??

大学一年生、二年生頃までは、日本という国に対して、ほかの一般的なロシア人と同程度の認識しか持ち合わせてませんでしたね。

ボクの通っていたトムスク国立教育大学は、教員を養成する大学で、ボクは当時興味があった、英語と社会科を専攻に選びました。

ただ、正直なところ、積極的に教師を目指していたかと言われれば、そんなことはなかったですね。
というのも、当時の自分にとって、その大学は第二志望の大学で、ありていにいえば、滑り止めだったんです。
そういった経緯もありましたが、振り返ってみれば、それはそれでよかったと思っています。

言語を学ぶことにも関心があったので、在学中は、大学に通いながら、トルコ語の教室に通うなどもしていました。

そんなある日、廊下で「日本語を学ぶ生徒募集」の張り紙を見て、「暇だし、やってみるか!」と思って(笑)

そうして、日本語を学び始めると、これがなかなか面白かったんです。
何より、日本語の響きに惹かれましたね。

日本語を学ぶうちに、日本という国自体にも関心を持つようになったんです。

 

--日本語とは偶然の出会いだったんですね!ちなみにウスコフさんは日本のアニメもお好きなんだとか。

そうですね。
日本が世界に発信している文化である「アニメ」は内容だけでなく、出演している声優たちの、「日本語の魅力を全世界に発信している」という意味での、媒体としての役割もすごいと思います。

ボク自身、アニメに関しては、宮崎駿監督のジブリ作品のようなメジャーな作品から、一部のオタクしか知らないようなマイナーな作品まで幅広く観ています。
昔から、わからない日本語を辞書で調べたりしながら観ていました。

そんなふうにアニメを通じて勉強したり、日本語母語話者の方とお会いした際に、直接日本語で話したりしながら、日本語を学ぶうちに、 当時学んでいた外国語を日本語一本に絞っていったんです。
日本語にのめり込んでいったという感じですね。

 

学生時代に情熱を傾けた「ソフィスト派」

--ウスコフさんの日本語学習には、日本のアニメも役立っていたんですね〜。大学では英語や社会について学びつつ、そうして本格的に日本語を学んでらっしゃったんですね!

実は日本語のほかにも、学部生時代にもう一つ情熱をかけていた分野があったんですよ。

それは古代ギリシャ哲学の中でも、いわゆる「ソフィスト派」についてです。

卒論の題材にもそれを選んで、幅広く文献を渉猟しながら、学部生にしてはわりと深く研究していて、没頭していたといっても過言ではないです。

ソフィストは孔子など、古代中国の有名な哲学者と同時代(※哲学の歴史でいう「枢軸時代」) に活躍し、他の同世代の古代ギリシャの哲学者や後世のヨーロッパの思想家たちに大きな影響を及ぼしました。
しかし、論敵だったプラトンやソクラテス、アリストテレスに「詭弁化」の烙印を押され、ソフィスト派とは、いうならば歴史上の風評被害を被っていた人たちでもあります。

絶対的真実として信じられていた神話への信仰が揺らぎ始めたこと、絶対的な権力を持っていた王族と貴族階級の社会的地位が低下し、一般市民が影響力を持ち始めたこと、この二つの潮流が同時に起こっていた当時のギリシャ社会の代弁者にして、渡世術の師として活躍していたところに、ソフィストの面白さがあります。

もっとも、ソフィストの活躍で、ギリシャ社会は、そうした傾向を強めていったとも言えるかもしれませんが。

王と貴族が無条件に正しく、市民はその意志に服従しなければならなかった社会から、個々の市民の意思で政治的決定ができる社会に変わり、また、ゼウス神に纏わる様々な物語の全てが、そのまま信じられていたような社会から人間が自らの思索を通して世界の真実を突き止めようとする社会に変わったときです。

何が正しいか、何が真実か、何を信じればいいか、もしくは信じるべき善悪の基準は何か、といった事柄が急に分からなくなり、思想家、政治家、市民同士の議論や論争が激しくなった社会の中を、いかに生き抜くかを、ソフィスト達は教えていたわけです。

彼らのモットーは「人間こそが万物の尺度である」というものでした。

それはつまり、 例えば、経緯はどうだったにせよ、裁判で自分の無実を陪審員に納得させることができたら、その通りになるし、神学の議論で相手を言い負かすことができたら、自身の唱えている神学論や倫理こそが真実として認められるということです。

こうした傾向は現代社会とよく似ていますよね。
そういった歴史や哲学にとても興味があったので、大学を卒業してから、それをさらに詳しく研究するために同じ大学の大学院に進学したんです。

しかし、ちょうどその頃、トムスク国立教育大学が広島大学と留学生の交換協定を結んだことがきっかけで、自分は、その第一号として、一年間の短期交換留学プログラムに参加できることになったんです。

 

交換留学が始まりだった日本での生活

--教員の勉強や日本語に加えて、哲学についても深く学ばれていたとは驚きです!日本への留学は大学院に進学されてからだったんですね!

はい。ボク以外の生徒に一定レベルの日本語能力がなかったことも、プログラムに参加できた要因の一つだと思うんですが、奨学金の申請も通ったので。

短期留学のプログラムでは、様々な授業や活動があったものの、大学の正規の授業に比べると、気持ちにわりと余裕があったので、いってみれば、その期間は人生の夏休みのようなものでした。

交換留学後は、大学院の教育研究科の先生からのアドバイスを受けて、広島大学の大学院に進学しました。
そこで半年間の研究生期間を経た後、試験に合格したので、2008年から2010年まで広島大学大学院の修士課程に在籍しました。

その後は博士課程には進学せず、日本でいくつか職を経験した後、2012年にロシアに帰国して、母校であるトムスク国立教育大学の職員として働いていましたね。

ロシアに帰国してから一年後のことなんですが、再び日本の大学に入学することになりました。その在学期間が終わってからは、広島県にある公立学校で非常勤講師として英語を教えていました。

しかし、それはそれで、いささか以上に不安定な立場でもあったので、定職先が見つかったのをきっかけに香川県に移住しました。

 

日本のアニメの良さは作品ごとの「メッセージ性」

--先ほど、少しアニメのお話をさせてもらいましたが、ぜひウスコフさんの好きなアニメをはじめ、日本のアニメについて話してくださればと思います!

日本のアニメにハマって約20年、毎年新しいアニメをたくさん見ていますが、好きなアニメとなると、なかなか甲乙つけ難いですね(笑)

海外では、アニメというと子ども向けのイメージが根強くあって、それが主流でもあります。しかし、日本の場合、アニメの消費者は子どもだけでなく、大人も対象にされていますよね。

日本のアニメは哲学的であったり、社会的なメッセージ性の強い作品が多く作られていることが特徴だと思っていて、これは海外のアニメには、あまりない特徴だと思います。
だからこそ大人も楽しめるんです。

たしかに、子ども向けアニメにも、深く考察すれば、高度なメッセージが含まれていることがあります。しかし、社会的であったり、哲学的であったりといった要素が明示されていることは少ないと思います。
メッセージ性が強すぎると、子どもたちに理解できない場合もありますから。

日本では海外と違い、大人をターゲットにしたメッセージ性の強い漫画も多くありますよね。それらが下敷きになってアニメが制作される場合が多いことも、先ほど述べたような日本のアニメの特徴に繋がる理由の一つだと思います。

要するに、日本では、海外よりも「表現の手段としてのアニメ」という土壌が、より確立されているんですよね。

ボクとしては、そうした大人向けのアニメを通じて、様々な日本文化について知れることもアニメの魅力の一つになっています。

そんな日本のアニメの中でも僕にとって、日本のアニメに触れた原始的な体験として一番印象に残っているのは「風の谷のナウシカ」ですね。
特に、ナウシカが王蟲の怒りを鎮めるまでの冒頭のシーンはとても印象に残っています。

また、いわゆるオタク的な作品としては、昔のアニメではありますが、「ノワール」という作品も好きですね。
ボクが一番最初に観た「一部のオタクしか見ていないであろうコアなアニメ」ですが、とてもいい作品ですよ!

故人ではありますが、ロシア人シンガーソングライターであるORIGAがオープニングを歌っている「攻殻機動隊」や「Ergo Proxy」といったアニメも社会的なメッセージ性が多分に含まれている奥深い作品です。ボクは好きですね。

(写真:ホワイトボードに書きながら、好きなアニメについて解説してくれるウスコフさん)

 

--ありがとうございます!たしかに、日本では深夜のアニメ枠が多数ありますし、「大人向け」や「メッセージ性が強い」ジャンルのアニメも多いですよね。

日本のアニメは多くの場合、深いメッセージ性が含まれていますし、大人でも楽しめるような作品がたくさん存在しています。その意味で、アニメは世界における日本のソフトパワーにもなっていますよね。

日本のアニメは、日本が国際舞台における、相対的な地位を獲得する手段として、とても有効だと思います。

日本には、多くのアニメ会社が存在していて、漫画家も多いですよね。

それだけ同業者が多いわけなので、お互いに切磋琢磨して、より高度な作品が生み出される環境になっていると思います。

また、最近のアニメは、昔のアニメのような単純なコンセプト一色の作品と違います。
一見単純に見えたとしても、そこにはある種のメッセージや深い視点が織り込まれていて、そういう意味でも、とても洗練されているんです。

世界を見渡すと、経済的な発展の目覚ましい中国のアニメも、ここ10年くらいの間でとても発展していますよ。
最近の中国のアニメを観ていると、日本に勢いがあった80年代、90年代のアニメに近いものを感じることがあります。

そうした国同士の文化や時代的な背景を比較する上でも、アニメはとても興味深い媒体だと思っています。

 

スキルを極めるための漢検への挑戦

--日本では、時代背景とともに、作られるアニメのテイストは変わりつつも、これまでの蓄積によって、作品そのものがとても洗練されていってますよね。ありがとうございます。ここから少し違うお話に移ろうと思うんですが、ウスコフさんは日本人でも取得が難しいとされる漢検一級を持っていますよね?ぜひ、漢検挑戦のきっかけを教えてください!

自分にとって、日本語の能力は数少ない取り柄だと思っているんですが、日本語能力があること自体は、決して珍しいものではないです。

そうした中で、書類上の話にはなりますが、他の外国人と、どのようにして差別化を図るか、そして、今自分が持っているスキルを極めるにはどうすればいいか、を考えていたんです。

そんな時に、ちょうど、日本語を母語とせず、漢字圏出身でない外国人が漢検に合格したという情報に触れて、「よし、自分も挑戦してみようかな」となって。

5年前に準二級から挑戦を始めました。

準一級くらいまでは、市販の参考書で事足りましたが、一級にもなると難易度の次元が違い、出題の範囲が格段に広がります。

公開されている情報が少ないこともあると思いますが、ネット検索したところでは、日本語を母語とせず、漢字圏出身でもない外国人の漢検一級の合格者は数人しか確認できませんでした。

準一級の取得は1年くらいの学習期間でよかったんですが、一級を取得するのは、非常に苦労しました。
漢字を頭に詰め込むことが、ある意味、自分への暴力に感じるくらいでしたよ(笑)
生半可な覚悟ではどうにもならないレベルでしたね。

日本語能力を証明する手段として、日本語に関する検定試験はいくつかあります。その中でも、僕にとっては特に漢検が有効に思えたので、漢検取得の道を選んだんです。

先ほど述べたように、元々、日本語自体に興味があったので、日本語学習の一つの目標として、漢検取得を設定したという感じですね。

日本語は、元々は大和言葉というのがあって、その後、それぞれに読み方や意味のある漢字が登場し、それらが混ざり合って、1000年以上の時を経て出来上がった言語です。
世界でも類を見ない、奥の深い言語だと思っています。
特に漢検を勉強していると、その漢字の成り立ちや背景に様々な意味が込められていることに気づきます。
そんな気づきや発見が漢検に挑戦し続ける面白さにもなりましたね。

また、漢検以外にも日本語検定一級に何回か挑戦していて、2020年11月にやっと合格することができました。

非日本語母語話者かつ非漢字圏出身者で、漢検一級と日本語検定一級の両方に合格した例は、聞いたことがないので、憶測にすぎませんが、もしかすると初めてのことかもしれません。

(写真:日本語検定一級と漢字検定一級の証書)

 

香川県内ではロシア文化を伝える講師としても活動

--僕も漢検一級の試験問題を見てみたんですが、見たこともない漢字がたくさんあって驚きました(笑)本当にすごいです。そういえば、ウスコフさんは先日、アイパル香川(※香川県内所在の国際交流会館)で開催されたイベント「ロシア講座」に登壇してらっしゃいましたよね?ぜひ、そのお話も聞かせいただければと思います!

そうですね、あれは、アイパル香川から、Facebookを通じて連絡が来たことがきっかけで、講師として登壇したんですよ。

そこで、ボクはロシアの文化や社会について紹介しました。
イベントに関しては、アイパル香川のスタッフの方と、だいぶ前から打ち合わせをしていて、その綿密なスケジュール調整と企画運営に、日本の組織活動の緻密さを垣間見たように思います(笑)

来場者も、思ったよりたくさんの方が来てくれました。土曜日という誰もが休みとは限らない日に、家でゆっくりすることなく、自分の時間を使って、好奇心を満たすために来場する方が、こんなにもたくさん香川県に存在するんだということに感心しました。

近くて遠い国であるロシアが皆さんにとって、馴染みの薄い国であったこともその要因かもしれませんが(笑)

 

--当日は本当にたくさんの来場者が来てくださってましたよね!イベントもとても楽しかったです!こうした国際交流イベントなどでの登壇は初めてだったんですか?今後はどうですか?

不特定多数の方が集まるイベントでの、講師としての登壇は今回のイベントが初めてでした。
以前、学校に招かれて、ロシアの紹介などをしたことはありますが、それくらいですね。

職業として、日ロの文化交流を行うかどうかは別として、今回のようなイベントでの講師のお誘いがあれば、今後も登壇させてもらおうと思ってますよ。

 

ウスコフさんの今後の挑戦

--それは楽しみです!最後の質問になってしまうんですが、ウスコフさんが、今後日本で挑戦してみたいことがあれば、ぜひ教えてください!

そうですね、漢検に関してはこれからも挑戦し続けたいです。
最上位級である一級は持っていますが、もう一度受かりたいんですよ(笑)

通訳案内士の資格にも挑戦したいですね。
過去に、一度受けたことがあるんですが、盛大に玉砕しているので。
その資格を活かして、何かしたいことがあるわけではないんですが、持っていて損にはならないですし、いつか何かの得になるかもしれませんからね。

また、実はボク、教育大学を卒業したものの、教員免許を持っていなくて、大学時代に取っておけばよかったと今でも後悔しているんです。

仕事をしながら教員免許を取ろうと思うと、教育実習もありますし、母校である広島大学に通学して、取得しなければならない単位もあるので、かなり難しいんですよね。
なので、免許取得は最低でも数年先の話になりますし、現実的ではないかもしれないんですが、あれば心強い資格なので、何かの折に挑戦したいと思ってます。

 

--ありがとうございます!今後挑戦したい資格がいくつもあるんですね!今後のウスコフさんの挑戦が楽しみです!今日は本当にありがとうございました!

 

 

ウスコフさんの運営しているホームページや先日登壇されたイベントの情報についてはこちらから

ウスコフさんのHP:https://roshiajin.jp

イベントの名称:アイパル外国語講座特別編「ロシア講座」
リンク:https://www.pref.kagawa.lg.jp/documents/20495/0107-ipal-rossia.pdf

 

 

(インタビュアー/山地ひであき)

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