【コラム】ロシア音楽裏話 第3話
『世界トップクラスの音楽家たち??』

ロシアを始めとする世界各地で開催された国際音楽祭に度々招かれるなど、世界を舞台に活躍されていらっしゃる音楽家・作曲家の浅香満さんのコラム「ロシア音楽裏話」第3話です。




前回までの連載記事はこちらから
(以下、浅香さんのコラムです)
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(写真:浅香満先生)

エキセントリックなエレベーターにすっかり翻弄され、「ヨーロッパ・アジア国際音楽祭」のリハーサルに向かうホテルロビーでの集合時間に、我々日本からの7名の参加者は30分も遅れてしまいました。

ロビーには本来の集合時間である9時30分の「10分前」から待っていてくれた通訳のセルゲイさんただ一人しかおらず、てっきり我々が最後かと思いきや「あなたが最初の人です」とのこと。

主催者の話では確か世界各国からの30名ほどの参加者が昨夜のうちにチェックインしている筈なのですが、誰もいません。
もしかしたらリハーサルであっても「世界のトップクラス」の腕を持つ演奏家の方々であるが故に「万全」の体制で高いパフォーマンスを発揮できるように一足早く会場に赴いたのではないか・・・だとしたら大変な迷惑をかけてしまったな・・・
等々と考えていたところ、10時を少し回ったあたりに音楽祭関係者が手配した送迎バスが玄関に横付けされました。

送迎係のリーダーと思われる人物が集合場所に日本のグループしかいないことを確認すると、「あっ、やっぱりそうか」というような表情となり、バスに同乗していたスタッフ5〜6名を急遽ロビーに招集しました。
リーダーらしき人物は手にしていた紙(※後で見せてもらったのですが、その紙には誰がどの部屋に宿泊しているのかが一覧となっていました) をもとに何やらスタッフに分担箇所を指示しているようでした。

短いミーティングが終わるとスタッフは皆、大急ぎで階段を駆け上がっていきました。
因みに誰もエレベーターを使用しません。
そしてあちらこちらで大声で名前を呼びながら激しくドアをノック・・・というよりもまるでドアを破壊するかのように兇暴に叩く音が、階下の私たちの耳にまで届いてきます。
程なくして「世界トップクラス」の演奏家の皆さんが一人、また一人とロビーに降りてきます。
中にはスタッフに引き摺られるように登場した人もいます。
驚いたことに短いミーティングから僅か10分後に約30名全員が集合場所に揃い、彼らスタッフはこの手の事態の対応に慣れているように見受けられました。

セルゲイさんが教えてくれたところによりますと、なかなかドアを開けない者には「火災発生、緊急避難を」とまで言って脅したそうです。

この「目的の達成のためには手段を択ばず」という手法はこの国の歴史の要所要所に頻繁に登場し、実際にこれが功を奏して歴史が大きく動いたという事実は否めず、その一端がここにも垣間見えたような気になりました。
「緊急避難を」と騙された(?)せいか、トレーニングウエア姿はまだしも、パジャマのままの人や下着にコートを羽織っただけのメンバーもいます。

「世界トップクラス」の演奏家の方々と聞いていましたが、それらしき「オーラ」を放っている人は誰もいません。
全員、睡眠を中断されたためか不機嫌そうで、中には路上生活者を思われる風貌の者も複数います。
「リハーサル」なのにもかかわらず楽譜すら持たずに「手ぶら」で「避難」を余儀なくさせられた者もいるようで「そんなのアリか・・・」と呆気にとられましたが、「日本的常識」で物事を決めつけないようにしようと誓ったばかりであることを思い出しました。


送迎担当のスタッフが盛んに自分の腕時計を指さして何やら叫んでいます。
言葉の意味は判りませんでしたが、どういう状況であるかは皆理解でき、急かされるようにバスに乗り込みました。
実は元々「10時出発」予定であったらしいのですが、時間通りに集合しないだろうと判断していたスタッフは「30分」サバを読んで「9時30分集合」を指示していたのでした。
ところが、このスタッフの「読み」を軽く超えてしまうところが、さすが「世界トップクラスの演奏家」たるところなのでしょう・・・


少し余談になりますが、私のピアノの師匠は厳格な性格でたとえリハーサル、練習であってもきちんとした服装、身嗜みを要求し、その昔、先輩がレッスンに下駄履きで行ってしまったことから、レッスン前に「音楽のレッスン時間」よりも長い説教を食らってしまったことがありました。
そして漸くレッスンに入ったものの下駄履きであるとピアノのペダルがうまく踏めないことが発覚してレッスン後にも再度の説教の延長戦が続き、それが半日にも及んだという伝説があります。
もし、パジャマや下着姿でレッスンに行こうものなら即、破門となったことでしょう。
因みにその師匠の「師匠」は元ペテルブルク音楽院の教授という要職にあったロシア人で、
「『ロシア流ピアノ奏法』は勿論のこと、音楽に対する姿勢や心構え、また音楽に限らずロシア人の気質、発想、ものの考え方や日常生活から対人対処法に至る人生の『基本』であり『指針』となるあらゆる『基礎』を叩き込まれた」
と語っておりましたので、服装や身嗜みを整えることもてっきりその一環かと勝手に思い込んでいましたが、現実は必ずしもそうではないことが理解できた一幕でもありました。


それにしても、いくら今日は本番ではないとはいえパジャマや下着のままでも許されるのでしょうか・・・と思い悩みそうになった時、「日本的常識で判断しない」のであったことを思い返し、それ以上考えないことにしました。


ほぼ全員が寝起き直後のスローモーな動きに業を煮やした送迎担当スタッフたちの「急げ、急げ」の大合唱(※実際、言葉は判りませんでしたがジェスチャーで明らかでした)に背中を押されてのバスへの乗り込みが完了すると、パトカーが到着しました。
どうやらバスの前について先導してくれるようです。

「世界トップクラス」の皆さんは聞くところによると昨夜は明け方まで部屋で宴会をしていたそうで・・・今「昨夜」と書いてしまいましたが、中には叩き起こされる直前のつい先ほどまで宴会が続いていたグループもあって、明らかに酒臭い者も数名おり、殆どのメンバーがまだまだ夢の中を彷徨っているようで眠そうな目を盛んに擦っている様子が散見されました。
バスに乗り込んだ皆さんは早速2回目の睡眠の準備に取り掛かっているようでした。
そんな彼らの睡眠導入を打ち破るかのようにパトカーが大音量のサイレンを鳴らし始めました。
送迎担当スタッフの話では、世界各国からの参加者にもし万が一のことがあると国際問題に発展しかねないという危惧があっての警察車両の依頼だそうですが、それにしてもここまで大きな音でなくても・・・と、つい思ってしまいましたが、これで赤信号でも通過でき、道が混んでいても一般車両を脇にどかせて優先的に進むことができるので少しでも遅れていた時間を取り戻すのに役立ちそうです。
当然の結果ながらけたたましいサイレンに道行く人々が足を止めて注目します。


バス、と言っても決して近代的な観光バスではなく、前時代的な少し暗い色に包まれ、もしかしたらかつては軍隊で使用されていたのではないかとさえ思わせる厳めしいスタイルで、誰も音楽祭関係者の送迎だとは思えないでしょう。
その上、「世界トップクラス」の皆さんは全員、私をはじめとして人相があまり良くなく、しかもあからさまに寝起きの不機嫌な表情を浮かべており、道行く人々はこのパトカーに先導されているバスの乗客を「音楽家」とは誰も想像できず、差し詰め、「凶悪犯罪者の護送」と思ったに違いありません。
その証拠に多くの人々が険しい表情でこちらを指さしながら後退りしていきます。
このような状況にもかかわらず、すでに何人かは夢の中に落ちていく様子で、さすが「世界トップクラス」だと妙な感心をしてしまいました。

殆どのメンバーが熟睡し始めた2回目の睡眠タイムはそう長続きはしませんでした。
リハーサル会場までは僅か10分しか要しない移動時間だったからです。
出発時、とにかく急かされて乗り込んだメンバー数名は楽譜すら持ってこなかったようですが、大丈夫でしょうか。


「リハーサル会場」の玄関にバスが横付けされた時、少し気になることがありました。
「会場」が立派すぎるくらい「立派」なのです。
ロシアでは共産主義が崩壊した直後は、民衆、特に芸術家は貧しい生活を強いられている(※共産主義時代は、国に認められると「国家功労芸術家」という称号で手厚い保証を受けていました)と聞いていたので、どんなにみすぼらしい「あばら家」のようなところが会場であっても驚くまいと覚悟していました。
その意に反して建物はどっしりとした風格があり、たとえミサイルを撃ち込まれたとしても(※我々が訪問する少し前に実際にそのような事件が起こって世界中を震撼させました)びくともしないような威厳を漂わせていました。


バスが到着したのに誰も降りようとしません。
いつの間にか皆さん、爆睡しています。
そこで再び「送迎担当スタッフ」兼「叩き起こし係」の登場です。今回はさすがに「火災・・・」とは言わなかったようですが、よく見ると人間が目を覚ます「ツボ」というか身体の中のウイークポイントのような箇所を擦ったり抓ったりしており、そうすると立ちどころに夢から現実に引き戻されるようです。
出発前のホテルのロビーでは判りませんでしたが、なるほどこうやって短時間で集合させることができたのだと気付き、その「プロの技」に感心したのでした(※仲間内の話から、おそらく軍事訓練か何かで体得したのだろうと憶測されます)  。


それでも半分はまだまだ夢の中に浸って重い足取りでバスを降りたメンバーでしたが、一瞬にして「完璧」に目が覚める事件が起こりました。
まだバスを降りきらないうちから多くのカメラのフラッシュが一斉に焚かれ(昼間ではありましたがどんより曇っていたためでしょう)撮影用の照明が点灯し、数台のテレビカメラが回り始めたのです。

よく見ると玄関入り口には赤い絨毯が敷かれており、民族衣装に身を包んだ美しい女性達が花束を持って「笑顔」で迎えてくれようとしています。(※「笑顔」で迎えるというのは日本ではよく見かける光景ですが、この国では極めて珍しく、商店に買い物に行っても店員はことごとく無愛想で、機嫌が悪いと商品を売ってくれないことすら珍しくありません)  
このような状況を目の当たりにして、パジャマ氏や下着氏は明らかに狼狽えています。
各国の代表ににこやかな表情で花束を渡していた美しい民族衣装の女性達も、パジャマ氏や下着氏を目の前にした時は、ほんの一瞬、笑顔が凍り付いていました。


中に入り、「完璧に正装」したこの建物のスタッフに案内され、「こちらへどうぞ」と通された部屋の入り口のプレートに何と書いてあるかをセルゲイさんに尋ねたところ「最高会議室」という答えでした。
この部屋の前にクロークがあり、コート類を預けなければならないのですが、下着氏は何やら駄々をこねている様子です。

周りに諭されて渋々コートを脱ぐとその見事なファッションの全貌が明らかになりました。
上は白のランニング、下は派手な縞模様の短パンでどう見ても人前で披露する格好ではありません。
また、他のメンバーもバスの車内ではコートに身を包んでいてよくわからなかったのですが、送迎担当スタッフが宿泊しているホテルの部屋から追い出すことを何より「最優先」させたためか、皆さん、クローク通過後はパジャマ、トレパンの他にも汚れたTシャツ、よれよれのズボン、穴の開いたトレーナー等のいわゆる「部屋着」で、まともな神経であれば「外出」も憚られる格好でした。

そのメンバーをテレビカメラや報道陣が追従するように続き、「最高会議室」に入室するとこれまた「完璧に正装」した市長を中心に閣僚や市の有力者が待ち構えていました。
彼らはこの国では珍しい「笑顔」で最初は迎えてくれたのですが、メンバーを目にして一瞬ではありましたが、怪訝そうな顔、困惑した顔、呆れた顔等、様々な複雑な表情を次々に浮かべながらも最終的には再び「笑顔」に戻りましたが、何処か引き攣っているようでした。


今置かれている状況を分析すると、どう考えても「リハーサル」とは思えません。
「これは市長主催の歓迎会みたいですね」
というセルゲイさんの言葉を聞いて空港に降り立った時のあの感覚---
半端なく寒いと事務局から脅されて防寒の「完全防備」で飛行機を降りたら20度もあり「話が違う!!」と叫びそうになった時の正にあの感覚が甦ってきました。

---来月(8月)更新予定の第4話へ続きます---






(文/浅香満/日本・ロシア音楽家協会、日本作曲家協議会、日本音楽舞踏会議 各会員)