2020.06.29

【コラム】ロシア音楽裏話 第2話
『ロシア人たちの類稀な発想力と逞しい精神力の秘密はエレベーターにあり!?』

Columnist

浅香満

音楽家、作曲家。音大卒業後、高校で音楽の教鞭をとりながら、音楽家、作曲家として、作曲を専門に活動。ロシアを始めとした世界各地で開催される国際音楽祭に度々招かれている。カザンで開催された「ヨーロッパ・アジア音楽祭」でも演奏の経験を持つ。日本・ロシア音楽家協会会員

ロシアを始めとした世界各地で開催される国際音楽祭に度々招かれるなど、世界を舞台に活躍されていらっしゃる音楽家・作曲家の浅香満さんのコラム「ロシア音楽裏話」第2話です。



前回までの連載記事はこちらから
(以下、浅香さんのコラムです)
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「洋の東西が交わるところ」ロシア連邦タタール自治共和国の首都・カザンに到着したのは昼の少し前でした。

13時間にも及ぶ30度超えの蒸し風呂地獄の夜行列車での移動ではありましたが、夜明け少し前に目が覚めた時に車窓から眺めた風景は、正にメルヘンの世界でした。
列車がゆっくりと駆け抜ける森の中の所々に三角屋根の小さな3つの窓を持つ小屋のような家屋が点在し、煙突から朝餉の支度をしていると思われる煙が立ち昇っていました。
日本とは別世界のこの地で音楽を披露できる期待と喜びに胸を膨らませながらカザンの駅に降り立ちました。

因みに駅名はカザン駅ではなく「モスクワ駅」です。ロシアではその路線の終着駅が駅名となっており、したがってモスクワには「モスクワ駅」はなくカザンには「カザン駅」はありません。


その「モスクワ駅」には主催者であるタタール作曲家同盟チェアマンのラシッド・カリムリン氏をはじめ音楽祭関係者が大勢迎えに来てくれていました。
カリムリン氏の自慢はかなり古いのですが、「トヨタ車」を所有していることで、それ故に日本に親しみを感じていたそうです。
因みにロシア製の車は燃費が悪い上に何と残油計が付いていないとのことでいつ何時ガス欠になるか知れず、それ以外でも故障がちで突然動かなくなる可能性が常に付き纏い、全くあてにならないのだと嘆いていました。

ホテルのチェックイン前の時間を利用してカザン市内を自慢のトヨタ車で案内していただきました。
特に印象に残っているのはクレムリンで、現在のプーチン大統領の執務室のあるモスクワのクレムリンは、ここカザンのクレムリンをモデルに造られたのだと胸を張りながら案内してくれました。

タタール人は基本的にイスラム教徒で、と言っても彼らは「ゆるやかなイスラム教徒」という言い方をしていて、勿論、厳しい戒律を守っている人も多いのですが、大酒のみが結構いてロシア人と同様にウオッカが手放せない輩が、少なくとも音楽祭関係者の大多数にいました。

カザンはタタール人の都ではありますが、タタール人とロシア人の割合がほぼ半々となっており、それを象徴するようにロシア正教の教会とイスラム教のモスクが同じクレムリンの敷地内に「仲良く」肩を並べて、どちらも「等しく」美と威厳に満ちていました。


そろそろチェックインができる時間となりましたので、ホテルへ戻ろうとした時、摩訶不思議な高層建築物が目に飛び込んできました。
中央部分は完成しているようなのですが上部と下部が明らかに未完成で、全体のバランスが何とも不安定でぎこちなくちょっと地震に見舞わようものなら忽ち崩壊しそうです。
そのシュールな佇まいから、もしかしたらこれは居住のための施設ではなく前衛的なアート作品なのか、はたまた実はロシアの最先端の工法技術の粋を結集した一見崩れそうでも崩れない最新の建築技法なのか、興味津々で訊いてみたところ、カリムリン氏の答えは「実はこれはホテルなのです」、
そして呆れた顔つきに変わって「10年以上前から建設が始まっているのですが、未だに完成しません」と続けてくれました。
何でも10年以上経過すると最初に着手した土台部分や下層階の殆どの箇所がすでに耐用年数に達しているそうで、全体が完成していないのにもかかわらず下部は改修工事に取り掛からなければならず、上部の建設を続行しながらも下の方から順番に改築を並行しており、このままではエンドレスで建築し続けることになりそうです。

ついでに、地震が起きたら危険ではないかと問いましたところ、「大丈夫、この地に地震はありません。あるのは『政治的地震』だけです」との答えが返ってきました。そう、訪れた1993年は共産主義が正に『政治的地震』によって「崩壊」してしまった直ぐ後だったのです。

我々が滞在したホテルは中心街から少し離れた閑静なところに聳え立つ少し古いが風格のある建物でした。
何故かホテルの周囲には黒い大型犬が群れを成して何頭もうろついており、何となく近寄りがたい雰囲気がありました。
これでは客が寄り付かず繁盛しないのではないかとも思いましたが、カリムリン氏曰く「心配ありません。彼等は番犬のような存在で人に危害を加えることはありません」とのことでした。
「人に危害を加えない」なら「番犬」にならないじゃないかと突っ込みたい気持ちを抑えつつチェックインし、「長旅で疲れたでしょうから今日は早めに休んでください。明日は朝一番からリハーサルです」との温かい言葉に感謝しつつ旅装を解いたのでした。



一夜明け、コンサートに向けていよいよ練習、リハーサルです。
9時30分にホテル1階ロビーに集合となっていました。紹介がすっかり遅くなってしまいましたが、モスクワから日本駐在経験を持つ元タス通信社の記者でもあったセルゲイさんという方に通訳として同行していただいていました。

日本での活動が豊富なセルゲイさんは、日本人との良好な関係を築いていく中で、日本人の代名詞のように言われている「勤勉で誠実」であることがすっかり身に着いてしまったそうで、「日本人は皆、約束時間の5分前には必ず集合しているので、自分は10分前には到着するようにしている」と語り、実際、こんなに真面目な人は世界中どこを探しても見つからないのでは、と思われる「紳士中の紳士」であり、様々な局面で多大な尽力をいただいていました。


集合時間の「10分前」には待機しているセルゲイさんを待たせてはいけないと思いつつも、リハーサルで使用する楽譜や音響機材の準備に少し手間取ってしまい、部屋を出たのが9時30分ギリギリになってしまいました。
我々が滞在しているのは眺めの良い最上階の10階で(後で知ったのですが10階の部屋は皆、他の階より格段に素晴らしい内装になっていました)、主催者の心遣いをありがたく思いつつも急いでいる時は少しでもロビーに近い階であったならとつい思ってしまいます。(「早め」の行動を心掛けさえすれば済む話なのですが・・・)

そして、こういう時に限ってエレベーターがなかなか来ません・・・本当に来ません・・・どうしたのでしょう・・・腕時計を見ると9時35分を回っています。
何と5分もエレベーターを待っているのに来ないのです。
本当にセルゲイさんが10分前から待機しているのなら、もう15分も待たせていることになります。加えて関係者の話では他の国から参加する「世界トップクラス」の音楽家たちも昨夜のうちにこのホテルにチェックインしていることになっており、9時30分に集合後、音楽祭関係者の用意するバスで一緒にリハーサル会場に向かう段取りになっているという通達を受けておりましたので、さすがに焦ってきました。
どうしよう・・・エレベーターを諦めて階段で降りようか・・・しかし、リハーサル用の荷物も結構あります。
そしてこのようなシチュエーションでよく有りがちな階段で降り始めた途端にエレベーターが到着する光景が脳裏を横切り、階段へなかなか足が向きません。
重い荷物を持って10階から1階までの移動はかなり時間を要しそうで、「もう少し」待ってでもエレベーターを利用した方が結果的に早いに決まっています・・・一瞬、故障しているのではとも思いましたが動いている「音」は確かにしています。
しかもエレベーターは3基あるので、そのうち一基ならもう少しの辛抱・・・・もう少し、もう少し・・・と躊躇っているうちに時計を見ると何と9時40分になってしまい、さすがにこれはマズイ!!と思い直して漸く重い足取りを階段に向けた正にその時「チン」というエレベーターの扉が開く音がしました。

やれやれこれで助かった、とホッと胸をなでおろしたのも束の間、「1階」のボタンを押したのですが、このエレベーターの動きがこれまた信じられないくらいのスローモーションで明らかに階段を歩いた方が早いと思われ、なるほどこれなら時間がかかるはずだと妙に納得し、また昨夜、部屋に入る際に利用した筈なのにその時は全く気付かなかった自分の感覚の鈍さを反省しました。


長い時間をかけて漸く階下に辿り着き、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらエレベーターを足早に降りてみたら、何と目の前は真っ暗!あれっ!!と思ってよくよく見てみるとそこは1階ではなく「地下1階」でした。
この期に及んでボタンを押し間違えるとは何たる失態・・・と自分を責めつつ再度乗り込んで今度は間違いなく1階を押し、スローモーション、というよりもまるで映画のコマ送りのように上昇し始めたエレベーターは今度はこともあろうに1階を通過し、更に上昇を続けるのです。

やっと停止した階は「4階」でした。キツネにつままれたような気分になりつつも少し慌てて再々度、1階のボタンを押しても辿り着いた階は、やはり「地下1階」。
今度こそと強い「念」まで込めて慎重にボタンを押したのにもかかわらず「1階」を当然の如く通過したのは言うに及ばず、信じられないことに先程の「4階」でも停止する気配が全く無くひたすら上昇を続け、目的地が更に遠のいていくことに心の中で悲鳴を上げていたら、漸く「7階」で停止し、まるで迷宮に放り込まれたような感覚になり、遅ればせながらこのエレベーターは「まともではない」ことに気付いたのでした。
そこでこのエレベーターで1階に向かうことを断念して7階で降り、3基あるうちの他のエレベーターに乗り換えることにしたのですが・・・他のエレベーターも案の定、来ません。
また長時間待たされた挙句、「1階」のボタンを押しても必ずしも1階に停止するという保証は全くありません。
下手をすると「地下1階」経由でまた「10階」に舞い戻る危険性すら考えられなくもありません。
このままエレベーターに固執すると1階に辿り着くまでに日が暮れそうな、否、一生かかっても永久に到達できないような予感が芽生えてきましたので、泣く泣く階段で降りるという大英断を下しました。
重い荷物を持って降りながら、何で先程の「4階」の時に、否、「地下1階」の時に階段を使わなかったのだろうと悔やみました。



腕時計を見ると時刻は間もなく10時になろうとするところでした。
小走りで1階ロビーの集合場所へ向かうと、そこには予想通り「律儀」に、間違いなく「40分間」も待っていてくれたであろうセルゲイさんがたった一人でポツンと立っていました。
他にはもう誰もいません。
集合時間から30分も超過しています。きっと全員、音楽祭関係者の用意したバスに乗り込んで一人だけ来ない日本人に怒りの矛先を向けながら待っているに違いありません。
もしかしたら、もうしびれを切らせて先に行ってしまったのかもしれません。

これはやらかしてしまった!!駆け出しの日本の若造が、「トップクラス」の世界的音楽家に許されがたい迷惑をかけてしまった!!
口の悪いメンバーからはことある度に一生嫌味を言われそうです。
自分でも顔から血の気が引いていくのを感じました。「セルゲイさん!!  本当に、本当に、本当に(確かに3回言いました)申し訳ありませんでした!!・・・私で最後ですね?」
するとセルゲイさんは困ったような表情に変わり呆れたようにポツリと言いました。「いえ・・・あなたが一番最初の人です・・・」


程なくして「ロシアンタイム」なるものの存在を知ることになるのですが、私のすぐ後に他の日本人メンバー6名が到着しました。
皆さん、それぞれ私よりもかなり早く部屋を出たそうなのですが、エレベーターがなかなか来なかったため、エレベーターホールで6人が揃ってしまい、漸く来たエレベーターに一緒に乗り込んだものの、この「曲者」エレベーターにすっかり幻惑され、メンバーのうちの一人はかなり早い段階で「階段で降りる」ことを提案したそうなのですが、私より横幅が1.5倍ある巨漢のメンバー(実は、同門の大先輩であり、最年長でもあったのでこの日本人グループのリーダー的存在)が断固拒否し、途中で何度も乗り換えては失敗したため私より到着が少し遅れたようです。
全員、既にこの段階でもうすっかり披露困憊の体です。

後で聞いた話によりますと、実はエレベーターはそれぞれ停止する階が決まっているのだそうです。
そして「1階」に停止するのは3基中の1基だけ(!?)とのことでした。
昨夜、1階から何の問題も無くスムーズに10階まで移動できたのは一種の「奇跡」と言うべきでしょう。
更に加えて、急いでいる時はリフト(エレベーターのこと)を使うなという注意までありました。
何じゃ、それ!!・・・と心の中で叫びながら、宿泊客やスタッフが必ず出入りする1階なら全てのエレベーターを停止させるは「常識」じゃないか・・・と短絡的な考えが頭の中を過ぎったところで、ふと、待てよ・・・・と我に返りました。


考えてみれば、ここロシア(正確にはタタールスタンですが)は数多くの「一筋縄ではいかない」偉人を輩出した国です。
日本では、例えばエレベーターであれば、どのように高層の建物であってもさほど待つことなく乗ることができ、ボタンを押せば、その押した階に停止する・・・この当たり前すぎることが、ここでは「当たり前」ではないのです。
日本であれば10階から1階に辿り着くまでに30分も要することはまず有り得ないでしょう。
我々日本人はこの「当たり前」であることが「常識」となっている至極便利な環境の中で生活しています。それはそれで素晴らしいいことではありますが、このような環境に於いては「平凡」であることからの脱却や「常識」を超越した突拍子も無い発想は生まれにくいのではないでしょうか。


「理不尽」が横行し「不条理」が罷り通り、理解不能なことや常識を著しく逸脱していることが蔓延し、普通では有り得ないことに数多く囲まれているこの国だからこそ、彼らの精神力は強靭なものとなって逞しく鍛え上げられ、他の国では決して誰にも真似のできない超個性的な発想力と行動力の獲得を齎したに違いない・・・と、考え直しました。
共産主義をも打ち倒したパワーの原動力もこの背景の中から生まれたと言っても決して過言ではないでしょう。
先に見たエンドレスで建設を続けることになりそうなホテルすら、その「超個性的」であることの一端を象徴しているようにさえ思えてきました。そして「日本的」な尺度は捨てて、これから訪れるこの地での時間を謙虚に受け止め、怒りや絶望、諦めといった負の側面を排して「楽しみながら」味わおうと決心したのでした。


それにしても他の国からの「世界トップクラスの音楽家」の皆さんは一体、どこに消えてしまったのでしょうか・・・

---来月(7月)更新予定の第3話へ続きます---






(文/浅香満/日本・ロシア音楽家協会、日本作曲家協議会、日本音楽舞踊会議 各会員)

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