2020.05.31

【コラム】日露文化オーガナイザー・中川亜紀の
『お皿の上のロシア』 第1回『ボルシチ』

Columnist

中川亜紀

日露フードオーガナイザー、a.k.i. kitchen project代表。日本人向けロシア料理教室、およびロシア語話者向け和食教室を主宰。東京都教育委員会委託ロシア語児童の日本語講師およびサポート員として都内の小中学校にて指導もしている。「食は異なる文化の人々をつなぐ」をテーマに、日本とロシア(および旧ソ連圏)を食でつなぐ活動を続けている。 

(「お皿の上のロシア」第1回はロシアの代表的な家庭料理「ボルシチ」のレシピを紹介します。レシピは記事下部にあります。)


これまで、日本とロシアに関わりのある「人」にフォーカスし、インタビュー記事を掲載してきた「日ロドライブ」ですが、知り合ってきた方々とのご縁もあり、今月から、日本とロシアに関わり、交流を続けている方々のコラムなども掲載させていただけることになりました 。

記事を書いてくださる方は、どの方も魅力的な方々ばかりで、コラムの内容も、興味深く、それぞれに特色があって、とても面白いものになっています。

今回は、日本とロシアを股にかけて、「食」をテーマにした文化交流活動を行っている日露文化オーガナイザー・中川亜紀さんの料理と文化に関するコラム「お皿の上のロシア」全12回シリーズの第1回です。

(以下、中川さんのコラムです)
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(写真:中川亜紀さん)

私がロシアについて最初に記事を書いたのは、2009年末に書いた、岡山の母校の同窓会への寄稿文でした。(「同窓生Now!」 中川亜紀 )

その記事にも書いた通り、太陽の降り注ぐ岡山から、結婚して東京での育児を経て、モスクワ駐在に至り、一見地元岡山からの距離は遠くなった気がしていました。 しかしロシアにおける自分というアイデンティティを意識し始めた時、自分の中の「せとうち生まれ、せとうち育ち」の部分が、これまでになく、自分の中で頭をもたげてきました。

そのアイデンティティには、特に食分野において自分が当たり前と思っていたことが大きく影響していました。

ロシア料理と和食には大きな違いがあります。その違いは、もちろんどちらが良い悪いではなく、風土の違い、社会体制による生活習慣の違いなど、両文化の違いによるものです。 ということは、ひと皿ひと皿の食材や調理法を見ていくと、ロシアという国や人が見えてくる、とも言えます。

これからお伝えする私のコラムでは、ひと皿の上に盛られたお料理を通して、みなさんにロシアの人や景色を見てもらえたら、と思います。
毎回ご紹介するレシピでご自身で作っていただくと、よりロシア気分に浸っていただき、ロシアを擬似体験いただけるかもしれません。

2日目が美味しいボルシチ。今月ご紹介するお料理は、おなじみ《ボルシチ》
ロシア人にとってはお味噌汁と同じくらい、 家庭の数だけ家庭のレシピがあります。
また、甘いボルシチvs酸っぱいボルシチで「うちのお母さんのボルシチの方がうまい!」「結婚したんだから、私のボルシチに慣れてよ!」と言った、 ボルシチ夫婦喧嘩にもなり得るのが、また日本のお味噌汁にも似たところがあります。

さて、このお味噌汁、あっという間に作りますよね。むしろ1時間もかけて作ったお味噌汁は、美味しそうとは思えません。

逆にロシア料理は、じっくり煮込んだり、オーブンで焼いたり、時間をかけておいしくなる料理が多いです。

私は、日本でロシア料理教室を開催すると共に、ロシアで和食教室も開催しています。また、 日本で生活するロシア人の奥さんたちが日本人のご主人や日露のお子さんたちに作ってあげるための和食も教えています。
そこで何度となく聞かれた声は、「日本人って難しい料理をちゃんと時間かけてするのって嫌いなのね。和食ってどれも簡単であっという間にできる」というもの。

違和感ありませんか?

この意見は、調理加熱そのものに手間暇かければかけるほどおいしくなるという常識によるものなんですね。

では、和食の美味しさって、どうやって作られるのでしょう。 それは、例えば私が子供の頃、父親から電話が突然かかってきて、「おい、直島の漁師から、朝絞めたカンパチもらえたから、今日の晩飯はカンパチだぞ」と言われて、包丁を研いでおいて、父が帰ったらできるだけすぐにお刺身にする、というようなことだと思うんです。おいしいお醤油も買っておいて。
そう、和食の美味しさというのは、調理そのものではなくて、良い食材とそれを調理するための準備なんですね。

それは、新鮮な旬の食材ありきの文化。
ロシアはご存知のように8月後半からは20度を下回る日が続き、9月の外出にはブーツと 帽子が必要です。30度を超えるのはほんのひと月ほど。その後は零度以下、年によってはマイナス30度。そんな気候において、冷凍ではない魚を入手すること自体が非日常なのです。
魚料理はまず解凍から。管理が粗悪だと、解凍した時点で水が抜けてしまい、ほとんど身がないなんてことも昔はありました。幸い、現在はずいぶん改善されましたが、それでも主に食べられる魚は川魚です。あるいは鮭やニシンなど、薄塩で加工されたもの。油づけにされたものや、乾燥した魚などもあります。

そのように鮮度を欠いた魚をおいしく調理しようとすると、当然ながら、和食のように、よく研がれた包丁で切るだけでできる極上の刺身や、さっと醤油で煮るだけの煮魚、なんていうものはあり得ません。濃厚なソース、香り高いハーブ、オーブンでじっくり焼き上げる調理法。これらがロシアの料理に必須なのはそのような環境と風土の結果です。 逆に、瀬戸内で父が朝釣ったばかりの魚を、このように調理しようとは私なら思いません。

和食においては、鮮度を落とさず、いかに素材の良さを活かすかが最重要なため、単純そうだけれども経験を積んだ技術と、よく研がれた包丁でのワンカットが味を決めるのです。

なお、ボルシチを作る時は、あえて、おうちでも切れない包丁を使い、野菜の断面が出来るだけ荒くなるように切ると旨みが増しますよ。 人参やビーツを包丁ではなく、おろし金で大きく削って頂きたいのはそのためです。 断面が荒いほど、野菜の旨みは早く鍋の中に溶け出し、味が混ざり合うからです。

(写真:中川さんの主催する料理教室の様子)

どちらが良い悪い、正しい間違っている、ではなく、その風土と歴史に根差した習慣を、何故だろうと考え、新しい価値観を得る事。

実はお料理をしながらでも十分に出来る国際理解です。
これから12か月、ロシアの美味しさを楽しみつつ、瀬戸内とはまた違う魅力を皆さんに体験して頂きます。





〇 基本のボルシチ( Борщ) のレシピ


【材料(5~6人分)】

ビーツ※1 一個500グラム
牛肉(できれば骨付)  500g
人参 1/2個 玉ねぎ 中1/2個 じゃがいも 中1個
じゃがいも 中2個 
パプリカ※2 1/4個
セロリ※2 1/4本
キャベツ 1/4個
水 2リットル
塩 小さじ1強   
ローリエ 1枚
セロリの葉   適宜
ディル、パクチーなど 適宜
こしょう   適宜
サワークリーム お好みで
サラダ油(ひまわり油) 大さじ2
トマトペースト    小さじ1

※1  ビーツは真空パックのものを使ってもできます。
※2  セロリ、パプリカ は必須ではありません。


【作り方】

1. ブイヨンを取る。水に肉と塩、ローリエ、セロリの葉、粒こしょうを入れて静かに茹でます。も しあれば、人参や玉ねぎの切れ端なども加えましょう。

2. フライパンに玉ねぎのスライス、人参を細くおろしたもの、パプリカの薄切り、あればセロリの 細切りをサラダ油でじっくり炒めます。

3. 1の鍋から肉を取り出し、一口大に切り、戻します。そこに、荒い千切りのキャベツと大きめの 拍子切りにしたジャガイモを入れて煮ます。

4. 1のフライパンに、ざく切りのトマトまたはトマトペースト(ケチャップでもよい)、塩こしょ う、ローリエを加えて、ふたをして10-15分蒸し焼きにします。

5. 4を3の鍋に入れて、30分以上煮ます。

6. 前もってオーブンでロースト(アルミホイルに包み、180-200度で約40-50分)しておいたビーツを皮を剥いておろし、5の鍋に加えて煮ます。

7. 仕上げに塩こしょうで味を整え、おろしニンニクとみじん切りのハーブを加えて一煮立ちし、皿に盛ります。サワークリームを添えてどうぞ。


【ポイント】

※ ビーツは再加熱することで色があせてしまいますので、ビーツを入れてからは長時間煮込まないようにしましょう。色があせたばあいは、少量の酢を加えると色が戻ることがあります。

※ キャベツは春キャベツでは美味しくならないので、白くて固めのものを選びましょう






(文/中川亜紀/日露文化オーガナイザーとして、ロシア料理の研究のほか、ロシア語通訳・ロシア語児童支援などの活動を行っている)

中川亜紀さんのHPはこちらから: http://www.aki-russia.jp/

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