東京都内でロシア語講師や通訳・翻訳などのほか、YouTuberとしても活動されている福田知代さんの『ロシアに関係するお仕事紹介』第10回です。
前回までの連載記事はこちらから
(以下、福田さんのコラムです)
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「日ロドライブ」の読者のみなさん、こんにちは。福田知代です。
連載も、今回で十回目となりました。
このシリーズでは、ロシア語を活かすことのできるお仕事のうち、わたしがフリーランスとしてこれまで経験してきた仕事や立場について、順番にお話ししています。
これまでに、①翻訳のお仕事、②映像翻訳のお仕事、③ロシア語を教えるお仕事、④高校でのさまざまな国際交流プログラム、⑤辞書編纂のお仕事、⑥通訳のお仕事、⑦大学でのお仕事、⑧「コロナ禍」におけるロシア語のお仕事の状況(わたしの場合)、⑨YouTubeへの動画投稿についてお話ししてきました。
ご興味のある方は、どうぞそちらもご覧になってみてくださいね。
さて、今回から数回に分けて、「北方領土を訪問した経験」について書いてみたいと思います。
毎年2月7日は「北方領土の日」として各地で式典などが行われていますので、ニュースで北方領土の話題が取り上げられているのをご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。
わたしのYouTubeチャンネル「YouTubeでロシア語」にアップロードしている動画のうち、ロシア語での自己紹介の方法を紹介した動画を抑えて、国後島を訪問したときの動画が一番多く再生されていることからも、北方領土に対する関心の高さをうかがい知ることができます。
北方領土について
「北方領土」とは、根室半島の東にある、国後(くなしり)島、色丹(しこたん)島、択捉(えとろふ)島と歯舞群島(はぼまいぐんとう)のことで、「北方四島」とも称されます。
面積で比較してみますと、歯舞群島は小笠原諸島と同じくらい、色丹島は隠岐島と同じくらい、国後島は沖縄本島と同じくらい、択捉島は鳥取県と同じくらいの大きさです。
国後島と択捉島は、火山が数多く存在する千島列島に連なっているため、各地に温泉がわき出ているのが特徴です。
第二次世界大戦後にソ連軍が侵攻し、当時北方四島で暮らしていた日本人は、故郷を追われることになりました。
現在は、ロシア人を中心に、ウクライナ人やジョージア(グルジア)人などの、CIS諸国出身の人たちが暮らしています。
そのほかに、出稼ぎで外国人労働者が働いていると思われます(色丹島の港の改修工事現場で、北朝鮮の「あの」人民服と思われる服装をした、やせ細った労働者が働いているのを見たことがあります)。
北方四島で暮らしていた日本人の元島民さんたちは、終戦から75年が経ち、その数は、大変残念なことに、どんどんと少なくなってきています。
わたしはこれまでに、「語り部」として活動されている元島民さん5人の方のお話をうかがう機会がありました。
元島民さんの中にも、島を追われた当時の年齢や、もともとの島での暮らしぶりによって、感情に多少の違いがあるように感じられます。
たとえば、土地や馬をたくさん所有していて、中学生くらいの年齢で終戦を迎えた元島民さんは、ソ連兵を「露助」と呼び、怒りや憎しみをあらわにしながら当時のお話をなさいます。
一方で、小学生くらいの年齢で終戦を迎え、ソ連兵やソ連兵の子どもたちと一緒に遊び、「人」と「人」としてお互いを理解しようとした思い出を中心にお話なさる元島民さんもいらっしゃいます。
いずれにしましても、ある日突然故郷を追われた元島民の方々が、自由にふるさとを訪れることのできる日が一日でも早く来ることを祈るばかりです。
北方領土は、現在は日本人が自由に行き来をすることができません。
根室などから船に乗って北方四島のある海域に入っていこうとすると、ロシアの巡視船に拿捕(だほ)される可能性が非常に高いです。
これまでにも、漁の最中に潮の流れで知らず知らずのうちに北方四島のある海域に入ってしまい、銃撃を受けたり(亡くなった方もいます)、拿捕されて身柄を拘束されたりした例がたびたびありました。
また、ロシアのビザを取得して、ウラジオストクやサハリン経由で北方四島に入ることは、「海外旅行」をしていることになり、「北方領土は日本の領土」とする日本政府の立場に反する行為ですので、このような行為は認められていません。
現在、日本とロシアは、平和条約締結のために、双方がぎりぎりの交渉を続けている段階なので、そのような流れに水を差す行為は、厳に慎むべきだと言えるでしょう。
わたしが北方領土を訪れることができた理由
このような、日本人が自由に北方領土に足を踏み入れることが許されていない状況下で、なぜわたしが北方領土を訪れることができたかと言いますと、政府が実施している「北方四島交流訪問事業」、いわゆる「ビザなし交流」に参加することができたからです。
わたしは、2013年と2014年に色丹島を、2016年と2017年に国後島を訪問する訪問団に、それぞれ参加しました。
2016年と2017年の訪問団では、わたしは副団長を務めました。
2016年は、諸事情により、訪問団は国後島に上陸することができず(詳しくは書けませんが、上陸して現地で日程をこなす以上のドラマがありました)、島の沖合で数日間停泊し、そのまま根室に帰ってきました。
2017年に満を持して上陸、そのときの様子をビデオや写真に収め、YouTubeにアップロードした、という経緯です。
北方四島には、ほかにも歯舞群島と択捉島があります。
現在、歯舞群島には人は居住していないため、「交流」目的で訪問団が訪れることはありません。
もう一つの択捉島は、北方四島のうち、根室からもっとも遠い位置にあるため、船旅が順調であっても、現地到着まで比較的時間がかかります。
万一、悪天候などで出発時間が後ろ倒しになってしまうと、日程内で行って帰ってくることができない恐れもあることから、択捉島訪問団は規模が小さめだったりして、国後島訪問団とセットで実施される場合が大半です。
つまり、まずは国後島で船から訪問団を下ろし、択捉島訪問団だけが択捉島に向かって、日程をこなして、国後で国後島訪問団をピックアップし、全員で根室に戻ってくるというパターンです。
あるとき(わたしが国後島訪問団に参加していたときだったと思います)、根室出港時に海が荒れていたことがありました。
国後島訪問団、択捉島訪問団全員が船に乗り込み、食堂で出発前の全体連絡を受けていた時です。
「海が荒れているので、しばらく港に停泊し、出発のタイミングをうかがいます。したがって、択捉島訪問は中止、訪問団はこれから下船の準備をしてください」とアナウンスがありました。
船内は驚きと落胆に包まれ、ほどなくして、択捉島訪問団は下船していきました……とても楽しみにしていただろうに、なんと声をかけたらよいか分かりませんでした。
たとえ無事に出港できたとしても、途中の波の具合で択捉島到着が遅れ、日程の変更が起こることも多々あるそうで、予定通りに日程をこなすことができるのは、かなりレアなのではないかというくらいです。
わたしもいつか、択捉島も訪問してみたいなと思います。
ビザなし交流への参加のきっかけ
ところで、そもそもなぜわたしがビザなし交流に何度も参加できているかと言いますと、わたしが勤めている学校で、北方四島在住の青少年を受け入れて交流を行っているなど(北方四島交流受入事業と言います)のご縁で、学校宛に訪問事業参加の案内をいただけて、生徒たちと一緒に参加しているというわけです。
これまでに、生徒15名が北方四島交流訪問事業に参加しました。
あるとき、生徒たちに、「モスクワやサンクトペテルブルクと北方四島のどちらかに行けるとしたら、どちらに行きたい?」と試しに聞いてみたことがあります。生徒たちの多くは、北方四島に行きたい、と答えました。
モスクワやサンクトペテルブルクへは、いつでも好きなときに行くことができるけれど、現在のところ、北方四島には、いくらお金を払っても行くことができないから、というのが理由だそうです。
ビザなし交流とは
話の順番が前後してしまいましたが、ビザなし交流というは、1991年に日本と当時のソビエト連邦の両国の外相間で、「領土問題の解決を含む日ソ間の平和条約締結問題が解決されるまでの間、相互理解の増進を図り、もってそのような問題の解決に寄与する」ことを目的として、日本国民と北方四島在住ソ連人との間で、政府が発効する身分証明書によって相互渡航行うことなどの枠組みが作られたことに始まるものです。
翌1992年から旅券(パスポート)・査証(ビザ)なしによって行われ、開始以来20年以上経過し、これまで約14,000人の日本人が訪問事業へ参加し、約10,000人のロシア人が受入事業へ参加しました。Twitterで有名な「北方領土エリカちゃん」を運営している、独立行政法人北方領土問題対策協会のホームページをご覧いただくと、北方領土問題や交流事業に関していろいろと知ることができます。
(北方領土問題対策協会のHPはこちらから→https://www.hoppou.go.jp/index.html)
ビザなし交流の注意点
・自由に見て回ることはできない
ビザなし交流に参加するにあたっては、注意すべきことがいくつかあります。
まずは、訪問団は、受け入れ側である島の担当者が決めた視察ルートだけしか見て回ることができません。
島内を徒歩で移動するのは、限られた場所のみで、基本的には現地のロシア人たちの車に分乗し、長い車列を作って移動します。
訪問団員は40~60人程度いますので、勝手にあちこち動き回っては収拾がつかなくなりますし、途中で誰かがいなくなったりしたら、大問題になります。
また、受け入れ側が「見せたいもの」が決まっている、という事情もあるのでしょう。
・写真を撮ってよい場所と行けない場所がある
これに関連することですが、二つ目は、写真を撮ってよい場所と、撮ってはいけない場所がある、ということです。
「国境警備隊(日本政府はこの存在を認めていません)」の船を撮ったり、「隊員」の姿を撮ったりすることは、固く禁じられています。
・現地の「警察」や「救急車」のお世話になってはいけない
三つ目は、現地の「警察」や「救急隊」(国境警備隊と同じく、日本政府はこれらの存在を認めていません)のお世話になることは、北方四島におけるロシアの実効支配を事実として認めることになるので、してはいけません。
たとえば、迷子になったり、夜中に勝手に出歩いたり、(国後島を訪問する際は、島内にある「友好の家(いわゆるムネオハウス)」で寝泊まりします。色丹島と択捉島訪問時は、船内泊なので、そもそも勝手に船から降りることはできません)、事故を起こしたり、没収されても仕方のないもの(返還運動ではなく、交流目的の訪問団ですので、旗やスローガンを書いた横断幕などを持ち込んではいけませんし、島側に今後の受け入れを拒否されてしまっては、これまで積み上げてきたものが水の泡になっていまいます)を持っていたり、泥酔して運ばれるようなことがあってはいけません。
訪問団の中には、ご高齢の方もいたり、現地で具合が悪くなってしまう団員もいる可能性もあったりしますので、訪問団員の中に必ず一人、日本人のお医者さんが入ることになっています。
お医者さんは、現地滞在中、医療グッズが入った大きなかばんをずっと持って移動します。
そして、島内で所持品を失くした場合も、「警察」に探してもらうわけにはいきませんので、諦めるしかありません。
・発言に注意する
四つ目は、発言には十分に注意すること。
現地の日程の中には必ず、島民との意見交換会や、ホームビジットが組み込まれています。
「ここでガツンと言ってやろう」などと思い上がってはいけませんし、お酒の勢いで「ここは日本だ」「出ていけ」や、反対に、「しょうがないな、ロシアにあげるよ」などのような、理性を欠いた意味不明な発言をしてはいけません。
「領土問題の解決を含む日ソ間の平和条約締結問題が解決されるまでの間、相互理解の増進を図り、もってそのような問題の解決に寄与する」ためのビザなし交流ですし、実際の交渉を行うのは双方の国のトップですから、訪問団員が個人の一存で余計なことを言ってはいけません。
しかし、結局のところ、基本的には通訳さんを挟んでの会話になりますので、最終的には通訳さんが言葉を選んで訳してくれます。
ほかにも、「日本から来ました」「日本に行ったことはありますか」「(島民に対して)ロシアの方々は」などの表現も、誤りです。
・「ロシア」のネットワークサービスを利用してはいけない
五つ目は、島内で「ロシアの」ネットワークサービスを利用してはいけません。
これも、ここまでお話してきた注意事項とだいたい同じ理由です。
2019年に、島への往復で使われる交流船「えとぴりか」内にWi-Fiが整備されたそうですが、以前は根室出港後、しばらくすると圏外になり、帰港するまでインターネットを使うことができませんでした。
・SNSなどに投稿する際、位置情報の表記に注意する
六つ目は、SNSに「〇〇島に行ってきました」などの投稿をする際に、位置情報の表記に注意すること。
島名や島内の地名をうっかりロシア語名でタグ付けすることのないようにしなければなりません。
このように、訪問団員は、個人で旅行をしているわけではないため、随所で行動と発言に気を配る必要があり、浮かれて羽目を外すようなことがあってはならないのです。
現地の商店でお土産などを買う行為は、特に制限されていませんが、あらかじめルーブルを準備していく必要があります。
わたしが「アリョンカ」のチョコレートや「グリーンフィールド」の紅茶、「クノール」のボルシチやハルチョーなどのインスタントスープや「クワス」を次々と買い物かごに入れていたら、ほかの訪問団員たちも「お、これが定番のお土産なのか」と思ったようで、みんなわたしと同じものを棚から取り、そこだけ棚が空っぽになってしまったことがありました…笑
こんな感じで、今回は、北方四島交流事業そのものについてと、訪問団員が注意すべき事柄について書いてみました。
次回は、色丹島を訪問したときの様子をご紹介したいと思います。どうぞお楽しみに。
(文/福田知代/ロシア語講師、翻訳家、通訳、YouTuber)
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